私と今とたまに母

元JW2世が過去を振り返りつつぼやくだけ

JWでした、鞭は痛い

成長して家を出て結婚してからふと昔のことを振り返るようになり、なんだか色々ともやがたまり出したものの家庭内のことって誰かに零す訳にもいかず、かと言って吐き出したいのでブログに記載してみることにしました。


私は元JW二世として育ちました。

母がJWだったため強制連行といった具合です。といっても中学2年の手前あたりで抜けたのでもう30になった今はかなり昔の話になります。それでも、物心ついた頃から中学2年までの宗教というのは今でも心に影を落としています。これがもし、自ら望んで入って合わなかったからと抜けたものなら「そんな時もあったな」になったでしょうが、そうではない苦痛の記憶ばかりです。


まず、JWというものはおそらくどの家庭にも一度は勧誘に来ているであろうエホバの証人という宗教団体です。

ググってもらったら速攻で情報出て来るので内容は割愛します。


この集団、外から信者と接するとイメージするようなカルト宗教信者みたいな頭がふっとんじゃってる人のような印象は受けない人が多いと思います。普通で落ち着いた優しい人達、そんな印象を受けると思います。教義の中に優しく温厚に柔和であれというものがあるのでその影響ですね。

外に対してはとても優しい良い人達ですが中に入るとかなり吹っ飛んでるところがあります。


週三回の集会開始時間が厳守でした。

その開始時間が19時からと社会人からすれば定時ダッシュどころじゃないと思います。

そのため定職にしっかりと就けなかったり、就けても待遇が上がらず低所得な人が多かったです。普通の収入がある人は自営業で自分の仕事をしっかりと管理できる方ぐらいではないでしょうか。

これは仕事だけでなく子供にも影響します。

私が住んでいた地域は荒れた中学校の地域で中学受験する子も多く、私もなんやかんやで塾に通っていました。

低学年の頃は公文式だったので早く問題を解いてしまえば早く帰れました。おかげで暗算早かったです。……昔はw

問題は高学年になって塾に行ってからでした。塾の終了時刻が集会開始時間だったのです。家から集会会場まで車で一時間。さてどうするかというの、塾早上がりでした。周りの子供からなぜ帰るのかと追求され、宗教だからと言えず有耶無耶にして少し距離を置かれたりとしていました。

さらにこの集会が一時間ほどあり、退屈な教義話を聞かされるだけです。たまに休憩時間的に歌を歌わされる時に立つだけです。

その間、私語禁止。隣の親に話しかけた瞬間親から雷が落ちます。なんなら足がつかない大人仕様の椅子で足を揺らすだけで怒られました。さらに寝ても怒られます。

神妙にお話を聞いてお話をメモ(二度と見返さない)それ以外をしたら怒られます。

片道徒歩45分かけて学校行って塾行って間髪入れずに集会行って……子供の体力的に限界でした。

興味もない、大人向けの話をただじっとして聞かされる。そんな時間を寝ずに聞いておけというのは難しいと思います。しかし寝たら怒られる。もう必死でした。

ここで寝たら家に帰った時、大目玉間違いなしでしたから。


そしてこの怒られるというのがお小言レベルなら良かったと思います。

ですが、私が子供の頃は教義として体罰を容認、推奨していました。過激な体罰で虐待死した子供が発生した事件があったことを知ったのは抜けてからのことでした。JWではそのことに触れませんでした。

ただ「愛を持って鞭で躾をすることが良い子にする近道だ」と繰り返していました。

体罰はおそらく私の世代とその前はみんな同じだったと思います。所謂お尻ペンペンです。しかしそんな可愛いもんではなくゴムホースや女性用の皮ベルトや電気コード、ハンガーなど痛みを伴う物でパンツもズボンもスカートも履いていない生尻を力一杯叩くものでした。

さらに、生尻になるのを子供から自発的にさせることが重要でした。叩かれるのが嫌で逃げようものなら叩かれる回数が増えに増え、10秒経つごとに10発、100発ぐらいまで増え、叩かれる方もですが叩いていた母も武器を持っていると言えど手が痛かったと思います。


鬼の形相で待ち構える母の膝の上にうつ伏せで尻を自分で丸出しにして横たわり、比喩ではなく本当に喉が痛くなるほど泣き叫びながら打たれ続けます。

個人的に痛かった順は

1.掃除機の電気コード

2.ガス用のゴムホース

3.水道用のゴムホース

4.婦人用の細い革ベルト

5.プラハンガー

6.素手

でした。なので子供の私はゴムホース類と革ベルト隠しましたよね。そしてそれがバレてさらに打たれました。肉体的な痛みもそうですが、自ら尻を出し叩かれに行くというのは精神的にもそれは虐待であったと思います。

家庭によっては中高生になっても打たれていたという人もいるようです。私の場合は武器を使う鞭は小学校一年生ぐらいで終わりました。その理由が、一人で人形を使って母の真似をして遊んでいた私を母が見た時、私はホースやベルトを使って人形に鞭をして打っていたのだそうです。母は子供に対して日頃、自分がしている光景を第三者視点で見て怖かったんだそうです。これは子供に悪影響だと。そうは言っても、武器から素手に変わったかビンタになったかぐらいなものでしたが、大人が武器を持って怒った顔で待ち構えている光景がなくなっただけでも安心でした。


だからといって、小さな頃から怒られないように鞭で打たれないように過ごしていた子供が明るく子供らしい子供になんてなるわけがなく、しっかり顔色を伺う子供に育っていました。おかげで、母は私が心底面倒だったかと思います。なので母と私の相性は最低です。母本人はそう思ってないようですが。そこはまた改めてです。


最初はベースの部分だけまた次適当に。