私と今とたまに母

元JW2世が過去を振り返りつつぼやくだけ

JWでした、叱られるのが苦手です

恐らくJW2世の方は怒られること、叱られることに対して恐怖感があるのではと思います。

 

理由は下記記事が大元です

JWでした、鞭は痛い - 私と今とたまに母

 

叱られる・怒られる=武器を使った体罰が私達二世での共通認識かと思います。最近の世代では体罰が減っているとも聞きますが、まだ1990年代始めの頃は体罰推奨でした。なんでしたら「愛を持った鞭は痛くない!」とか組織自体が宣言してました。お前は打たれてないのによく言うわ痛いに決まってんだろ。とまぁ、そんなことを思いながら集会で大人しーくしてました。

 

これは私の性格の問題もありますが怒られたら必死に自分が悪くないことを探します。いかに殴られないかいかに叱られないかということに必死になります。だって殴られるんですから必死です。

言い訳してさらに怒られるを繰り返したり口八丁で矛先を変えたりしてそれだけで頭がいっぱいになります。そんなことしたって余計殴られるんですから意味ないんですが少しでも殴られることを減らしたいという防衛本能だと思います。

たとえ自分が悪くても叱ってくれた人とは自然と距離を置いてしまいます。今回はちょっときつく言われただけだとしても次は殴られるかもしれない次は怒鳴られて罵倒されるかもしれない。と完全に馬鹿な自衛本能が働きます。

私には怒られるという行為自体が暴力に感じてしまう、そういう刷り込みがどうしてもあり、いつ手が飛んでこられても良いように身構えます。母は私の年齢が上がってからはお尻を打つことをやめ、次は顔面平手打ちに変わりました。反射神経が研ぎ澄まされ、平手打ちガードの速さはなかなかだったと思います。両手分ガードした時の爽快感としてやったり感に悔しそうに余計に怒り狂う母の顔に優越感を抱いたことを覚えています。

 

集会が優先子供は二の次

小さい時、押入れの中で折り畳まれた布団の中に入って寝るのが好きでした。小学校一年生のある日曜日の朝に押入れに潜り込んで寝ているといつのまにか集会に行く時間になっていて母が私を探していました。その時、このまま寝ていたら怒られる、でも行きたくない。私は押入れの中で息を殺して母の怒声と足音を聞き、布団と押入れの隙間から様子を伺いました。

一度は押入れを覗きましたが怒りのあまり見回しただけで凄い勢いで押入れを締めてその場から離れました。今出たら間違いなく尻百叩きだと確信して余計に出れず震えていたら

「勝手にしろ!ハルマゲドンで滅されろ!!」

(要約:集会に行かないなら死ね!!!!)

と家中に聞こえる声で叫びものすごい音を立てて私を置き去りにして集会に行きました。押入れの中からそっとでてガタガタ震えながらリビングで一人泣いてましたが結局泣き疲れてソファで寝てしまいました。

ハルマゲドンとはJWで滅びの日とされ、エホバの証人以外全員死ぬというもので、ハルマゲドンで滅されろはど直球ストレートで死んでしまえということです。

怒り狂うと小学校一年生に対してこの調子なのでこの日帰宅した母から速攻でビンタで叩き起こされ「あんたがこなかったからみんなに心配されて私が恥をかいた!」の怒声とともに婦人ベルトによる尻百叩きの刑に処され泣きすぎて喉がガラガラになり、どれだけごめんなさいと言っても一日中無視で自分の部屋に閉じこもりました。

 

子供を犠牲にするほど褒められる

この日母が他の人にどう言い訳したかはしりません。お父さんとどうしても遊びたがったからとかお婆ちゃんの家に居るとかそんなことを言ったのでしょう。

基本的にJWは子供が犠牲になって居る姿を見ると褒めちぎります。風邪ひいて顔が真っ赤になっているのに集会に来たり奉仕に行くと普通の人なら「何してんだ!家で寝かせろ!!」でしょうがJWではこんな感じです。

「熱が出ているのに集会に来るのは偉い子!」

「エホバもきっと褒めてくれるわ!」

「こんなに霊的に頑張る子にはエホバがご褒美をくださるわ!」

てな具合です。親も我が子をサタンに売らない為に隙なく頑張る良き親と褒められます。さすがに吐いて出しての上から下から状態とかだと無理させられることはないですが多少熱出てるぐらいなら引きずられていきます。

学校でも多少の熱だと行けと言われたりするので、私は休みたがりになりました。大人になった今も休みたがりで、どうにもダメです。

 

集団生活に強いストレス

そもそも学校では多少なり嫌がらせや距離を置かれたり、集会では褒められる行動をしなければ家では殴られる。集団行動の中に入れられ続け、私は集団行動が嫌いです。

会社にも通っていますが毎日同じ場所に行き、同じことをし続ける。これはきっと当たり前にできて当たり前のことですが、怒られるリスクが高い場面でいかに怒られないかいかに叱られないかに神経を使う為、かなり疲れます。

少しでも怒られるとパニックに陥ります。しかしこれはきっと他の人から見ると「甘え」なのです。でも根っこには執拗な体罰モラルハラスメントからの怯えです。しかしこれを誰かに主張して譲歩してほしいとは言えません。

 

怒られること、叱られることでパニックを起こす人は居ます。精神が弱いからという人もいるでしょう、でも、私のように体罰モラハラからの恐怖に怯え続けている人もいます。これを取り除くにはどうしたらいいのかぼんやりと考える日々が続いています。